コーヒーとうつわ。

以前、『コーヒーと恋愛』という小説を友人に借りて読みました。獅子文六さんの小説で洒落た面白さのあるお話です。
40代の女優モエ子が主人公。同棲していたベンちゃんが若い女優のもとに走ってしまうというあらすじを言ってしまえば一見どろどろした恋愛もののようになりがちですが、そうはならない。モエ子がのんびりしているのです。焦っていても慌てていても怒っていてものんびりとしか見えない。反射のように焦ったり慌てたり怒っているだけなのではないかと思うくらい芯の部分がのんびりして見えるのです。熱がないといいますか。モエ子は大衆向けのテレビ女優なのですが、この小説自体テレビドラマのような大衆小説であり、小難しいことはなにもなくすいすいと軽快に読めてしまう。そこにはペーソスは見当たらず、ユーモアがちりばめられている。人間なんてそんな深刻なもんじゃないよねーというような。そんなに深く考えないで割と軽々しく動いてるよねーみたいな。実際、ベンちゃんは終盤でモエ子のところに戻ってこようとするし。『恋愛』とタイトルについている割にそこに向けられる視線はものすごく熱がないです。コーヒーも実はぬるめが美味しいし、とかそういうことでしょうか(チガウか)??最後とってもいい流れになるので、このへんにしておきます。

と、前置きが長くなってしまいましたが、コーヒーとうつわの話です。
コーヒーと一口に言っても、その味わいは様々です。酸味の強いもの、甘みの強いもの、苦みの強いもの、浅煎りのもの、深入りのもの、どっしりしたもの、あっさりしたもの…。同じ豆でも焙煎後の日数によって味わいが変わりますし、淹れ方でももちろん違いが出てきます。
何が言いたいのかと申しますと、だからカップはたくさんあっていいのだ!ということ。

ふちの薄いコーヒーカップでいただく繊細なコーヒー。
ぽってりしたカップでいただくボディのあるコーヒー。
食後にきりりといただくならデミサイズのカップで。
ギンギラギンにさりげなく、さりげなくいただくならそばちょこで。

わたくし職場では実はギャラリー店員なのにぽってりミスドのコーヒーカップ飲んでます…。なんとなく『コーヒーは忙しい仕事のお伴だから!そんなに腰を入れて飲むものじゃないから!』的なビジネスウーマンごっこをしてみたり(ひとり演出ごっこ遊び)。
家では薄い外国ブランドマグとぽってり日本民藝マグを気分で使い分け、来客が多い時には作家もののそばちょこで。

不思議なことですが、やはり器で味が変わるんですよね。味が、というか、味の入り方が。

環境や体調や豆や器で、違ってくるコーヒータイム。今日はどんな味かな?ってワクワクしながらコーヒーを淹れるのも嬉しい時間です。
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今飲んでいるのは夢豆さんで買ったニカラグア。ニカラグアは甘い香りの強い傾向がある豆だと思うんですが、現在販売されているものはナチュラルとのことで、ウォッシュト・タイプのものよりも更に香りが楽しめます。
お伴はジャンポール・エヴァン様のマカロン。この時期ホワイトデーの売り場にて羞恥のかけらもなく自分用のチョコレートを買いあさる私…。目も当てられませんねー。
マカロンの入っている小さなボウルは青木良太さんのBol Blancです。
陰影がとても素敵な器です。

ただいま曜燿にはおやつ時間を楽しむ器が勢ぞろい。『おやつじかん展』、今月いっぱいまで開催中です^^

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by g_yoyo | 2016-03-14 11:00 | つれづれ。 | Comments(0)

茨城県笠間にある陶芸ギャラリー曜燿のブログです。


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